My Memory of Larry Levan

Memory of Larry Levan
 

(写真はLevan’s Classic West End Records Remixes より)
※このレビューとは関係ありません。

私がまだ17~18歳くらいの時、ニューヨークのクラブ生活が始まった。悪友に連れて行かれるがままに向った先は、当時のマンハッタンで治安の悪さがダントツだったAve.CというLowerSideに位置する「Choice」というクラブ。初めて足を運んだ時のショックといったら言葉では言い尽くせないが、ゲイ・コミュニティーが集まる最先端の社交場で、天井が果てしなく高い倉庫のような場所にサウンドシステムを組んだ施設で、その日以来私はニューヨークのアンダーグラウンド・クラブ「チョイス」にアメリカ人も含め誰よりも足を運んだ一人となったに違いない。チョイスは木、金、土の夜22時くらいからオープンし次の日の11時頃まで音楽が流れていた。人が最も集まり、盛り上がるピークタイムは真夜中の2時から4時にかけてで、ほとんどの人は一晩中休むことなく踊った。様々な危険にも遭遇したが、間違いなく言えることは「Choice」が私のアメリカ在住を決心させ、日本への帰国をためらわせる原因だったこと。そして、そのクラブのディレクションを仕切っていたのが、まさにLarry Levan(ラリー・レヴァン)だったのを最近になって思い出した。ラリーと言えばパラダイス・ガレージ (Paradise Garage)が取り上げられることが多いが、今回は私が2年間通い続けたニューヨークの伝説化したクラブ「Choice」(チョイス)についてレビューさせていただくと共に、11月8日は38歳(1992年病死)でこの世を去った彼の命日と言うこともあり、彼の追悼の意を込め、2011年11月8日の今日、この文章を書かせていただく。

Larry Levanは既にクラブ・ミュージック界では伝説となっているが、当時の「Choice」を振り返ると、後にクラブから巣立って名を残したハウスDJがなんとも多く存在すること。当時のチョイスでレコードを回していたDJは、私が覚えているだけでもJunior Vasquez、Little Louie Vega、Kenny Dope、Todd Terry、Frankie Knuckles、Victor Rosado、そして誰よりも大好きだったDJ Basilなど現在世界をまたにかけて活動しているDJ の多さに驚かされるが、誰もがラリーの魂を受け継ぎながらも自身のスタイルを作り上げていったエキスパート達である。

ラリーは当時30代だったにも関わらず、彼のことを知らなければ50代に見えるほど老けており不健康そうに見えた。DJプレイ中は独特な雰囲気を放っており、完全に自分の世界を持ち、そこは誰も踏み込めないような領域だった。「チョイス」と言うクラブは私が知っているどこのクラブ(恐らく今までも、そしてこれからも)よりもサウンドがクリアな上にヘヴィー、ベース音が内臓を揺さぶるような音楽を全身全霊で感じることのできる最高の空間だった。彼は時折サウンドのチェックのためにクラブ中を駆け回り、常に完全な環境を提供していた。それに加え、80年代後期のハウスミュージックのアート性、ダンスが新たな時代を築きかけていた時代でもあり、ニューヨークという街自体が躍動感に満ちていた。

今回は当時の「Choice」(チョイス)を完全に再現している音源を見つけたので、是非皆さんにも聞いて欲しいと思いリンクを貼らせていただく。いつまでリンクが有効かはわからないので、その辺りはご了承を。

1990-03-16 – Larry Levan @ Choice Closing, NYC by Oldschool on Mixcloud

 
今自分がDJ として活動する中で、実際にやっていることは全く違いがあっても、自分が音楽 に入り込む際は当時の空気感に近づこうとしている自分に気付く。言葉では説明しにくい、あの空気感。。。。ラリーレヴァンのパーティーを何度も間直に体験した一人として、どうしてもあれを再現したい。

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