TheWeeknd / TRILOGY

March 5th, 2013

Nov. 2012 Released

ここのところ音源の仕入れはダウンロードばかりで、さっぱりCDを買う機会が無くなった訳だが、どうしてもCDで購入したかったのが本作The Weekndの「Trilogy」である。この作品は2011年3月に発表した「House of Balloons」、同年8月に発表した「Thursday」、同じく同年12月に発表した「Echoes of Silence」のアルバムに1曲ずつボーナス・トラックを加えた3枚組CDである。

正直言うと、この3作はいずれもMix Tapeとして正々堂々と無料ダウンロードが可能であり、私自身も既にダウンロードを済ませていたアルバムだった。それでは何故金を払ってまでCDを購入したか?と思う方もいらっしゃるだろう。答えはシンプル、アルバムがあまりにも素晴らしかったからである。

アルバムは紙仕様のブックレット付きで、どの表紙にも危険な女性の香りが漂う。これらのアートワークもウィークエンの音楽に触れる前戯であり、彼を知る上でちょっとしたカギとなる。

彼を知るキッカケとなったのは、同郷カナダ出身Drakeのアルバム「Take Care」に収録されていた“Crew Love”である。ヒット曲ではないが、コアなファンの間では「突き抜けている」と言われる曲である。そして、それを後押ししたのはドレイクのClub Paradiseツアーに同行したことと、その映像がYoutubeにアップされたことだろう。

決してオーバーグラウンドで売れるサウンドではないが、DJをやっていると若いアメリカ人のパーティーなどでは“Wicked Games”や“Remember You”などリクエストが多い。しかも彼のサウンドは全くパーティー向きではないのに…だ。

Drakeが彼とサインをするという噂もあったが、それはYoung Moneyとの契約を指すことから、Weekndが拒否したという話を聞いた。次世代R&Bというには深すぎて、理解するには難しい音楽であり、しかしそこが彼の最大の音楽的魅力である。決して容易に売れ路線には行って欲しくないし、彼も行かないだろうと思う。

個人的には1作目の「House of Balloons」があり得ない出来だと思う。歌詞のヤバさ、声のやわらかさ、突き刺さるようなサウンド感など、彼の描く世界に追い込まれて殺されそうだ。

Harold Melvin & the Blue Notes / Wake Up Everybody

April 3rd, 2012

Nov. 1975 Released

Philly Soulが大好きな自分にとって、当時のフィリーソウルを代表する最高傑作としてお勧めしたい作品。1950年代中期に結成されたこのグループは、コアなファン層を除き、商業的に注目されることなく70年代までにメンバーチェンジを繰り返しながらも活動。70年に入りバック・バンドのドラマーとしてメンバーに加わったTeddy Pendergrass(テディーペンターグラス)が、当時メインボーカリストだったJohn Atkins が抜けたことにより、ボーカリストへ転向。ここからグループの転機が訪れた。

Philadelphia Internationalからリリースされた本作はKenneth Gamble & Leon Huffが監修のもと、当時の全米総合アルバム・チャートで最高9位を記録。R&Bチャートでは1位となりプラチナム・セールス(100万枚)の認定を受けている。これを機にテディ・ペンターグラスはソロへとキャリアを移すことになった。

作品は2010年にJohn LegendとThe Rootsがコラボレートした作品「Wake Up」収録”Wake Up Everybody”の原曲も収録。

今はどうなっているのか知る由もないのだが、80年代後期のニューヨークでは明け方になると必ずクラブで必ずプレイされていたHarold Melvin & the Blue Notesバージョンの”Don’t Leave Me This Way”。ガラージや初期のハウスミュージックのDJ がフィリーソウルから受けた影響は計り知れない。このような情緒豊かなソウル・ミュージックを聞いて育った人間が、今の音楽を理解しがたいという感覚はわからなくもない。

もう20年以上も付き合いのある本作。。。更に20年付き合ってもらっても、色あせないほどの作品であると断言する。

Etta James / My Greatest Songs

January 29th, 2012

1992年リリース作

2011年10月に音楽界から身を引き、2012年1月20日(金)に白血病との合併症のため、あと5日後に迫っていた誕生日を迎える前の73歳でこの世を去った。彼女は1960年から70年代に全盛期を迎え、80年代以降は一部のコアなファン層を除き、残りの人生を地道ながらもライブハウスでの定期公演やソウルシンガーとして頻繁にリリースを繰り返すだけのアーティストとして終わるとも思われていたが、93年に「The Rock and Roll Hall of Fame」いわゆるロックの殿堂入りを果たし、グラミーアワードでは数回に及ぶ受賞も果たした。

そして彼女の転機となったのは2008年12月に全米で公開された大ヒット映画、ブルースの名門「チェス・レコード」を題材にした『Cadillac Records』(邦題:キャデラック・レコード ~音楽でアメリカを変えた人々の物語~)で、ビヨンセがエタ・ジェームスの役を演じたことで、再びシーンへ復帰を果たし、過去の作品に世界が注目するようになった。

以後はTVなどでも彼女を目にする機会が増え2011年11月には最後のレコーディングとなる「The Dreamer」をリリース。

私が個人的に彼女のレコード(レコードの時代です)を買ったのはかれこれ24年前で16歳の時。ブルーズ・シンガーとしてジャニス・ジョップリンが影響を受けたことで、彼女の存在を知りました。ジャニスがカヴァーしていた「Tell Mama」という曲ではライブ映像でエタになりきっているジャニスを見て喜んでいたものです。ジャニスに限らず、そのような影響を受けたアーティストは世界中にDNAを広げ、現在も「真の魂」を引き継いでいると思います。

彼女の名曲”At Last” はウエディングの様々なシーンで耳にすることが多くなりました。

Miles Davis / Nefertiti

January 20th, 2012

1968 Released

今は亡きジャズ・トランペッターの最高峰、マイルス・デイヴィスが1968年にリリースし、ビルボードのジャズ・アルバム・チャートで最高8位を記録した作品。実際はチャートの順位なんて一般的な評価なので、それはよいのだが、まず紹介したいのは以下の魅力的な参加メンバーだ。
Miles Davis – Trumpet
Wayne Shorter – Tenor Sax
Herbie Hancock – Piano
Ron Carter – Bass
Tony Williams – Drums

もしも現在において彼らの演奏を生で見られるなら、いくらまでお金を払うだろう?間違いなく自分の1カ月分の給料位(想像にまかせます)なら払う価値はある。各楽器のエキスパート達がひしめくメンツである。素晴らしい作品であることはジャズ・ファンなら誰でもうなずくだろうが、本作に至ってはマイルス自身が手掛けた楽曲はゼロで大半をウェイン・ショーターとハービー・ハンコックで書き下ろしているろいうのも意外なポイント。

そして何と言っても、この作品の聴きどころはトニー・ウィリアムスのドラミングである。タイトル曲“Nefertiti”に至っては度肝を抜かれるほどダイナミックで芸術的。13歳でプロ入りし、マイルスが仰天してメンバーに加えたのが17歳の時。このアルバムでは23歳を迎え、エネルギーに満ち溢れ創造性が爆発寸前の年頃。ジャズ・ドラムを次のステップへ持ち上げた(と言っても誰も真似できなかったが・・)きっかけとなった作品と私は解釈している。

同年に同メンバーで収録したアルバム「Miles in the Sky」はロン・カーターが電子ベースを、そしてハービー・ハンコックが電子ピアノを弾くことで、フュージョンが象徴するような次世代ジャズの誕生秘話となった作品と言われている。67年にコルトレーンが他界、本作「Nefertiti」(ネフェルティティ)も67年に収録されていることから、大きく音楽史が動いた時代であることは歴史が証明している。

Amy Winehouse / Lioness: Hidden Treasures

December 28th, 2011

2011 Dec. Released

2011年7月23日、享年27歳で他界したブリティッシュ・シンガー、エイミー・ワインハウスの才能を改めて知らしめるコンパイル作、2002年から2011年までにレコーディングされた作品。これまでアルバム用に制作された未収録曲を始め、既存のヴァージョン違い、デモ用に録音された音源や、カヴァー曲などが収録。兼ねてから彼女の作品に携わっているパートナー、サラーム・レミやマーク・ロンソンが楽曲の仕上げに関わっている。

カヴァー曲では世界中でヒットし、ポピュラーソングとして人々が知るキャロル・キングの“Will You Still Love Me Tomorrow?”やレオン・ラッセルの“A Song For You”、更にはアントニオ・カルロス・ジョビンが1962年に発表したボサノバの名曲“イパネマの娘”、ジャズ・スタンダード曲の“Body And Soul”をトニー・ベネットと共にデュエットしたエイミー最後のレコーディング曲など、一度聞くと残響が脳裏に焼きつく楽曲の数々。エイミーの音楽スタイルを象徴するレゲエ風“Our Day Will Come”はオープニング曲として華々しくアルバムの看板的役目を果たしているのも見逃せない。

彼女がこれまでに残した2作、ひとつは「Frank」(2003年)そして「Back to Black」 (2006年)に収録されていた楽曲のヴァージョン違いが聞けるのもファンにとっては嬉しい。例えば「Back to Black」に収録されシングル・カットされた“Tears Dry on Their Own”(本作品でのタイトルは” Tears Dry ”)はこちらがオリジナルというのも納得。実に味のあるバラードだったことがわかる。

2011年の音楽界はエイミー・ワインハウスという稀な才能を持ったアーティーストを失ったが、彼女が残した音楽への愛は時代を越えて語り継がれるだろう。少なくとも、この作品を耳にしている間は、そんなゆっくりとした時間が流れていくのを肌で感じて楽しみたいと思う。

My Memory of Larry Levan

November 7th, 2011

Memory of Larry Levan
 

(写真はLevan’s Classic West End Records Remixes より)
※このレビューとは関係ありません。

私がまだ17~18歳くらいの時、ニューヨークのクラブ生活が始まった。悪友に連れて行かれるがままに向った先は、当時のマンハッタンで治安の悪さがダントツだったAve.CというLowerSideに位置する「Choice」というクラブ。初めて足を運んだ時のショックといったら言葉では言い尽くせないが、ゲイ・コミュニティーが集まる最先端の社交場で、天井が果てしなく高い倉庫のような場所にサウンドシステムを組んだ施設で、その日以来私はニューヨークのアンダーグラウンド・クラブ「チョイス」にアメリカ人も含め誰よりも足を運んだ一人となったに違いない。チョイスは木、金、土の夜22時くらいからオープンし次の日の11時頃まで音楽が流れていた。人が最も集まり、盛り上がるピークタイムは真夜中の2時から4時にかけてで、ほとんどの人は一晩中休むことなく踊った。様々な危険にも遭遇したが、間違いなく言えることは「Choice」が私のアメリカ在住を決心させ、日本への帰国をためらわせる原因だったこと。そして、そのクラブのディレクションを仕切っていたのが、まさにLarry Levan(ラリー・レヴァン)だったのを最近になって思い出した。ラリーと言えばパラダイス・ガレージ (Paradise Garage)が取り上げられることが多いが、今回は私が2年間通い続けたニューヨークの伝説化したクラブ「Choice」(チョイス)についてレビューさせていただくと共に、11月8日は38歳(1992年病死)でこの世を去った彼の命日と言うこともあり、彼の追悼の意を込め、2011年11月8日の今日、この文章を書かせていただく。

Larry Levanは既にクラブ・ミュージック界では伝説となっているが、当時の「Choice」を振り返ると、後にクラブから巣立って名を残したハウスDJがなんとも多く存在すること。当時のチョイスでレコードを回していたDJは、私が覚えているだけでもJunior Vasquez、Little Louie Vega、Kenny Dope、Todd Terry、Frankie Knuckles、Victor Rosado、そして誰よりも大好きだったDJ Basilなど現在世界をまたにかけて活動しているDJ の多さに驚かされるが、誰もがラリーの魂を受け継ぎながらも自身のスタイルを作り上げていったエキスパート達である。

ラリーは当時30代だったにも関わらず、彼のことを知らなければ50代に見えるほど老けており不健康そうに見えた。DJプレイ中は独特な雰囲気を放っており、完全に自分の世界を持ち、そこは誰も踏み込めないような領域だった。「チョイス」と言うクラブは私が知っているどこのクラブ(恐らく今までも、そしてこれからも)よりもサウンドがクリアな上にヘヴィー、ベース音が内臓を揺さぶるような音楽を全身全霊で感じることのできる最高の空間だった。彼は時折サウンドのチェックのためにクラブ中を駆け回り、常に完全な環境を提供していた。それに加え、80年代後期のハウスミュージックのアート性、ダンスが新たな時代を築きかけていた時代でもあり、ニューヨークという街自体が躍動感に満ちていた。

今回は当時の「Choice」(チョイス)を完全に再現している音源を見つけたので、是非皆さんにも聞いて欲しいと思いリンクを貼らせていただく。いつまでリンクが有効かはわからないので、その辺りはご了承を。

1990-03-16 – Larry Levan @ Choice Closing, NYC by Oldschool on Mixcloud

 
今自分がDJ として活動する中で、実際にやっていることは全く違いがあっても、自分が音楽 に入り込む際は当時の空気感に近づこうとしている自分に気付く。言葉では説明しにくい、あの空気感。。。。ラリーレヴァンのパーティーを何度も間直に体験した一人として、どうしてもあれを再現したい。

Keyshia Cole / The Way It Is

September 22nd, 2011

2005 June Released

キーシャ・コールのデビュー作にして全米アルバム・チャートにて最高6位を記録。1年以上チャートにランクイン、ロングランでのセールスとなり最終的には150万枚超えの売上げを達成し大成功となった。当時、個人的にも非常に聞き込んだ思い入れのあるアルバムだ。

ゲストに参加したのはKanye West、Jadakiss、Eve、Chink Santanaなど。そしてプロデューサー陣にはSean Garrett、Polow da Don、Kanye West、Daron Jones、Ron Fairといった、いずれもR&B界の黒幕的存在が名を連ねている点を考えると、既に彼女の制作スタッフがこの新人の売込みにどれだけ気合いを入れていたかがわかる。

彼女の魅力は何と言っても無二の表現力だと思うが、このアルバムからのファースト・シングル“Never”(ルーサーのNever Too Muchをサンプリング)ではEveをフィーチャーし、デビューを派手に飾りたかったのだろうが、実際の結果は全く別のものだった。デビューシングル“Never”は虚しくもチャート入りすることはなく惨敗。それもそのハズ、私思うにこの曲はキーシャの表現力を全く活かしきれていないルーサーのファンとEveのための曲。

続いてセカンドとして先行を切ったのがカニエ作の“I Changed My Mind”。こちらはR&Bチャートの最高23位と期待には沿わなかったがまずまずの結果。最終的に5枚目として放ったシングル“Love”はロン・フェアー作の甘酸っぱいバラード曲。私個人の意見だが、アルバム全体を通じてとてもバランスの良い作品である本作の最もスパイスの効いた曲が、この“Love”ではないかと思う。キーシャの持つ表現力を出し切り、聞くものを惹きつける魔力に溢れている。

その後も次々とアルバムをリリースしJust like You (2007)、A Different Me (2008)、Calling All Hearts (2010)、そして2012年2月には待望の5作目(タイトル未定)をリリース予定。彼女の大ファンとして期待に胸が膨らむ。

Corole King / Tapestry

September 14th, 2011

1971 Feb. Released

1971年2月10日にリリースされた音楽史に残る大作。71年と言えば私の生まれた年であり、2011年現在から40年も前にさかのぼるが、今このアルバムを手にとって聞いても全く色あせない素晴らしいアルバムだ。

アメリカでも指折りのシンガーソングライターであり、彼女の書き下ろした曲を具体的に挙げるなら、古くは“Loco Motion”に始まり、このアルバムにも収録されている ”(You Make Me Feel Like ”) A Natural Womanなど数多くが存在する。

自身のセカンド・アルバムにあたる本作「Tapestry」(邦題「つづれおり」)は世界で2500万枚以上を売上げ、1982年にMichael Jackson(マイケル・ジャクソン)の「Thriller」が世に出るまで、最も売れたアルバムの座を明け渡すことはなかった。USAのRIAAではダイアモンド(1000万枚のセールスに与えられる称号)に認定。Billboardチャートでは15週間1位の座をキープし、アルバム・チャートの100位圏内に306週間(5年弱)もの間ランク入りを記録した。

私がこのアルバムを知ったのは10代の時に夢中になったソウルシンガーのダニー・ハザウェイとロバータ・フラックが70年代にデュエットしヒットとなった ”You’ve Got a Friend” そして同期にアレサ・フランクリンがカヴァーした ”(You Make Me Feel Like ”) A Natural Womanのルーツを調べてからだろう。たどり着いたのは本作で他にも“Will You Love Me Tomorrow”、”So Far Away”、”It’s Too Late”などかれらの曲が全て彼女のオリジナルだと分かったときは驚きの連続だった。

目が回るほど時代の流れが変わっても、これだけは変わらない。「愛のある唄」これこそがタイムレス・ミュージックとして時代を超え引き継がれて行くことは確かである。

Joss Stone / LP1

August 21st, 2011

Joss Stone / LP1
2011 Aug. Released

2003年に若干17歳で世界デビュー。彼女自身がブリティッシュということもありイギリスのアルバム・チャートでは4位。アメリカでも39位と決して悪くはない音楽家としてのスタートを切った。しかもトータル的にアルバムの制作を指揮したのがBetty Wrightということもあり、当時彼女について色々な記事を書いた記憶があるので、デビュー作については良く覚えている。

正直に言うと、その作品は1回目に聞く衝撃に比べ、2回目以降に感じる印象がどんどん変わっていった。結局のところ薄っぺらいのだ。作品は歴代ソウルのカヴァー集だったが、特に私の大好きなアイズレー・ブラザーズの「For the Love of You」に関しては聞くに耐えない。。。と感じた。

その後も04年「Mind Body & Soul」、07年「Introducing Joss Stone」を手にとって聞くも、そこまでの印象は残らなかったというのが本音。しかし、本作はどうだろう?この作品は今までと明らかに違う。

彼女のことを70年代のロック女王、ジャニス・ジョップリンと比較するメディアがいるが、それはジャニスが大好きで彼女の自伝を片手にアメリカへ渡った私に言わせれば、彼女が白人という点以外はちょっと違う。特に今回の作品に関しては、完全に彼女が彼女自身のアーティスト性に向き合っている、自信に満ち溢れた姿を映し出している。このアルバムでは彼女は他の誰でもないJoss Stoneである。

つまりのところ、ソウルっぽさを追求しているソウルアーティストにソウルはない。向き合うのは個人としての自分の魂であり、そこを追求するどこかで本物のソウルに出会う。それを感じたのが本作であり、そこに到着した今後の作品は飛躍的に素晴らしい作品になると確信する。


 

Maxwell / Maxwell’s Urban Hang Suite

August 8th, 2011

1996 Apr. Released

1996年4月にリリースされたMaxwell(マクスウェル)のデビュー作。個人的には2009年までにリリースされている「Embrya」(98年)、「Now」(01年)、BLACKsummers’night(09年)の中でも一番のお気に入りである。

当時はネオ・ソウルと呼ばれ始めた音楽の走りであり、その中にはローリン・ヒルやディアンジェロ、エリカ・バドゥなどが含まれていた。

マクスウェルは90年代の初頭にギターリストのWah Wah Watson共に本作の制作に着手していたが、実際には世の中に発信されるまでに数年が費やされており、レコード会社がそろばんを弾き出すまでの数字合わせが見越されるまでに、辛抱しなくてはならなかったようだ。

だが当時を思い返せば無理もなく、R&Bグループが勢いを増す90年代に、この手の音楽をリリースし、受け入れられるかを見守るのは一種の博打とも言える行為。しかし、そのおかげでソウルクエリアンズといったプロデューサー集団が第二次フィリー・ソウルを生み、ミュージック・ソウルチャイルドやジル・スコットの舞台が用意されたのを考えると、彼をプッシュしたレコード会社の判断は、良質な音楽を愛するコアなリスナー層に大きく貢献したと言える。

アルバムの話に移ろう。音的には70年代の古き良きソウル・テイストを残しつつも、若いころは歌で飯を食うことを考えていなかったというマクスウェル「歌」がアルバムの方向性を位置づけるキーポイントとなっている。そして骨太なベースライン、フェンダーローズの音色は特に印象的。タイトで果てしなく透明なクリアさは、ついついボリュームを右方向へ回してしまう魔力を持つ。

ひとり淋しいベッドタイムでも大活躍「Whenever, Wherever, Whatever」や「Lonely’s The Only Company」など、思いっきりピエロの主役を演じたい時や、枕濡らして眠りに就きたい時にどうぞ!

さあ、こいつを聴いて泣きたい時は思いっきり泣こう!!


Maxwell – Whenever Wherever Whatever

さて歯でも磨いて寝るか・・・ 

Sarah Geronimo / OPM

July 20th, 2011

Dec. 2008 Released

正直言ってミーハーなレベルなのですが、ボクちゃん彼女のファンなんですね。1988年7月25日生まれなので、この記事を書いている時点ではまだ22歳のフィリピン美女。音楽を聴いていただくとわかるのですが、その魅力的な声や音楽のとらえ方から、とてもそんな若さは感じさせませんが。

簡単に彼女の紹介をすると、サラはフィリピンのマニラ生まれマニラ育ち。以前に紹介した同郷のCharice(シャリース)は全米アルバム・チャートで8位と我がアジア人初のトップ10内ランクインと快挙を遂げたが、シャリースは行動力でアメリカへの進出を果たしたもの、実力的に素晴らしいフィリピン人シンガーは多く存在し、今回紹介しているサラ・ジェロニモもその一人に過ぎないというレベルの高さを誇るのがフィリピンのミュージック・シーンである。

さて、若いころから歌手として女優としてフィリピン国内では誰もが知るスターである彼女。15歳にデビュー、2011年現在までに8作のスタジオ・アルバムをリリースしている。本作「OPM」はその中でもベストなバラード中心のヒット集であり、セリーヌ・ディオンのような音楽ファンには是非とも聴いてほしい作品。彼女がこれまでにリリースしたシングル曲、アルバム収録曲、またはサウンド・トラックから選りすぐりの美メロ曲が満載だ。ちなみにOPMの略称はOriginal Pilipino Musicを指す。

ロマンティックなフィリピン人の国民性に納得。ベットタイム・ミュージックとしてもオススメです。深~い眠りにつけそう。

おすすめ度
☆☆☆


 
 

Montell Jordan / This is How we Do It

June 30th, 2011

Apl. 1995 Released

モンテル・ジョーダンがミュージック・ビジネス界に姿を現した1995年のデビュー作。商業的には2008年にシーンを去るまでの中で最も成功した作品だろうと思う。全米アルバム・チャートの最高12位、シングル“This is How We Do It”は全米シングル・チャートで1位を記録。最終的にアルバムはミリオン・ヒットを達成し95年のグラミーアワードではシングル曲がBest R&B Vocal Performanceにノミネートされるほどの話題曲となった。

モンテルは私が最も好きなR&Bアーティストの一人で、彼の作品は全て所有しているが、個人的には3作目「Let’s Ride」がベスト。それについては今後レビューをする機会を持とうと思う。

DefJamでは最高の貢献者であるにも関わらず、2002年にデフジャム最後の作品「Montell Jordan」をリリースしレーベルを去る。翌年に発売した「Life After Def」のセールスは悲惨だったが、08年の「Let It Rain」は更に全米アルバム・チャートにさえランクインしなかった。そんな彼は2010年にミュージック・ビジネス界から正式に引退を表明。現在はアトランタに実在する教会Victory World Churchにて聖職者として身を置いているとのこと、驚きだ。

話が左右に飛んでしまったが、本作のシングル“This is How We Do It”はスリック・リックの80年代ラップ・クラシック“Children’s Story”を大胆にも使い、今ではヒップホップの血統書付き90年代R&Bクラシックとなっている。こうした同じトラックに新たな命を与え、音楽が引き継がれていく姿に感動を覚えたのも、本作品の醍醐味であった。

Teddy Pendergrassの名曲“Close The Door”カヴァーが収録されているのも憎いところで、当時としては新たな試みだったラップと歌を自由に使い分けた画期的な手法に混じり、このスタンダード曲をまくし立てられる最高の裏切り行為は気持ちが良すぎるのではないか?と嬉しい疑問にさらされる。

おすすめ度
☆☆☆☆

Miki Howard / Femme Fatale

June 22nd, 2011

Sep. 1992 Released

1960年9月生まれ、2011年現在50歳シカゴ出身のシンガー。アメリカでは非常に有名なゴスペル・グループ、The Caravans(キャラバンズ)のメンバーでJosephine Howard(ジェゼフィン・ハワード)の娘としても知られている。活動初期はSide Effectのメンバーとして参加経験もあるが、彼女の転機はソロ4作目となる本作。この時代背景には当時ブラック・ムービーの先駆けとして注目の的となったスパイク・リーの映画「Malcolm X」が世間を騒がせており、彼女はこの映画でBillie Holiday(ビリーホリデー)役としてステージに上がり、彼女の十八番「Good Morning Heartache」を披露した。本作にも同曲が収録されているが、オリジナルとは違う角度から感じ取った“悲しきヒロイン”を歌いこなす姿は多くの共感を呼んだ。

2008年までに9作をリリースしているが、素晴らしい歌唱力があるにもヒット曲に恵まれず、歌手としては苦労続き。個人的に今度こそと思い、毎回アルバムを購入するも、なかなか良いと思える作品に仕上がっていないのがつらい。自身で楽曲をプロデュースしない歌手が「その人にとっての作品に巡り会うこと」の難しさが、ここに語られているような気がする。

ともあれ、本作「Femme Fatale」には彼女にとって最高位を記録した“Ain’t Nobody Like You”(全米シングル・チャート64位)が収録。私もこの曲はニューヨーク在住時に毎日ラジオから流れ聞いていたのを覚えている。逆にこの曲を聞くと当時のことを思い出してしまうほど、私にとっては強力な印象が植え付いている。

スライ&ファミリーストーンの“Thank You for Talkin’ to Me Africa”カヴァーあり。制作はKenny Gamble、David Fosterなど素晴らしい面子揃い。ゲストに当時の男性シンガーとしては大の人気者、Christopher Williamsを迎えている。

おすすめ度
☆☆☆

 

Anthony Hamilton / Comin’ From Where I’m From

June 14th, 2011

July 2003 Released

音楽の性格上、彼の得意とするソウル・サウンドというカテゴリーが時代とミスマッチしていることもあるのだろうか、ミュージシャンとして非常に苦労人であることは事実。1971年1月生まれ、現在40歳ノースキャロライナ出身のシンガーソングライター。

93年、当時勢いに乗っていたアップタウン・レーベルと契約するもリリースは破棄。レディ・ガガだって若いころにデフジャムとの契約が流れた話があるんだから、この世界では珍しくないのだろうけど、夢抱く叩き上げ系のミュージシャンにとっては死活問題。まわりまわってようやくリリースに至ったのが10年後2003年の本作となる。よくも諦めずに気力を持ち続けたことだと思うが、その後に授かった数々のアワードでのノミネートや受賞を考えると、アンソニーの人生は結果的に強運だったことを実証している。

作品の話に移るが、アルバムはジャーメイン・デュプリの“So So Def”レーベルからリリースとなったもの、ジャーメイン色は影もなく、アンソニー自身の音楽性を十分に発揮できるよう環境が配慮されているようだ。本アルバム最大のヒットとなった「Charlene」はシングル総合チャートで19位、R&Bチャートで3位と地味ではあるが、彼のような土臭いソウル・ミュージシャンが現代に出せる結果としては最高の形だ。私自身もこの曲を初めて聞いた時は同じ音楽を志す人間として同じような経験があっただけに胸に刺さる想いをした。歌の内容としてはこのようなことだ。

朝、目が覚めたら彼女からの手紙を見つけた。
ボクがいつも音楽の仕事で外に出ているから「もう疲れた」という内容だった。

という歌いだしで始まり、この女性を一人ぼっちにしてしまったことを後悔し、ひたすら待っている男の姿を描いている。極めつけは曲の最後に歌う「もし、これを聞いていたら、直ぐにでも連絡を欲しい・・・」とアドリブをかますパートは特に痛々しい。

他のお気に入りはLatoiya Willams(この女性リリース記録は無いもの素晴らしい才能の持ち主)とのデュエット曲「My First Love」もタイムレスな名曲として是非とも聞いていただきたい作品。

おすすめ度
☆☆☆☆

Akiko / Girl Talk

June 2nd, 2011

2001 June Released

 
Akikoさんの衝撃デビューから早10年。今でも忘れられないのですが、彼女のことを初めて知ったのが、私の生活がまだ苦しかった(今でも結構苦しいが・・・)トラックドライバーで生計を立てていた時期。運転中にラジオから彼女のインタビューが流れて、今後デビューを予定していると話していた。当の自分はミュージシャンの夢をあきらめ、家族にメシを喰わせる術を模索していた時期でもある。しかも日本人で初となるジャズの名門ヴァーヴからリリースをするということで、長年ジャズを聴いていた自分にとっては興味を抱かずにはいられないシンガーとなった。

丁度この数年前に、現在も世界的に有名なジャズ・ピアニストのK氏が私のライブ・サポートをしてくれたのですが(本当に感謝しています)、そのピアニストがAkikoさんのライブ・ピアニストでもある繋がりでAkikoさんのライブに訪れる機会がありました。場所の名前は覚えていませんが、小さいライブハウスで休憩をはさんで1時間半くらい歌ったと思います。まだアルバムは聞いていませんでしたが、スタンダード曲も多かったので、ほとんどは理解できました。休憩中に遊びに行くとAkikoさんが煙草を吸っていたので、びっくり!少なくとも自分のまわりのシンガーに煙草を吸っている人はいませんでしたので・・・

回想はここまでとして、この記念すべきデビュー・アルバム「Girl Talk」は私も大好きなHenri Renaud氏がプロデュース。Akikoさんの個性を素晴らしい状態で引き出しているのは、彼の長年の五感が成せる技だと思いました。どの曲も好きなのですが、個人的に響いたのは彼女が歌う“Crazy He Calls Me”、“Sweet Georgia Brown”、そしてライブでも記憶に残った変則ビートの“Fly Me To The Moon”でしょう。

仕事上ではこのアルバムを含め、彼女の曲は結婚式の歓談にもよく使います。私が現在までも、そしてこれからも大好きな日本人アーティストの一人です。

おすすめ度
☆☆☆☆
 

Surface / The First Time : The Best of Surface

May 26th, 2011

Aug. 2001 Released

 
シンガーのBernard Jackson、ベーシストのDavid Conley、そしてギターリストのDavid Townsendによる3人組R&Bグループ。既にこの世を去ったDavid Townsend は70年代中期にアイズレーブラザーズのギターリストを務めた他、マービンゲイの名曲 “Let’s Get It On”を手掛けたEd Townsend のサラブレッド(息子)としても知られている。3人は1980年代にEMIの専属ライターとして仕事を共にし、後83年に“Falling in Love”にてデビュー。89年には”Shower Me With Your Love” が全米シングル・チャートの5位を記録し、その曲は当時駆け出しのミュージック・ビデオ専門チャンネルでも頻繁に流れ、国内での認知度を一気に広めた。

グループの最大のヒット曲は1990年にアルバム「3 Deep」に収録、先行リリースとなった”The First Time” である。作品は全米シングル・チャート、全米R&Bチャート共に1位を制した。

86年「Surface」、88年「2nd Wave」、90年「3 Deep」と94年の解散まで通算で3枚のアルバムしか残さなかった彼らだが、心に残るメロディーを書かせたら彼らを差し置いて右に出るものはいないほど印象的。Surfaceが奏でるハーモニーは聞き終えた後の余韻がエンドレスにこだまする。

特に個人的にはウエディングの感動的なシーンで彼らの音楽を頻繁にプレイさせてもらっている。現在2000年代の音楽が忘れかけた「生きたメロディー」の力強さを学ばせてくれる。。。そんなSurface(サーフィス)のベスト盤がこの作品。


Surface . Shower Me With Your Love

 

Various Artists / Juice -Sound Track-

May 19th, 2011

Dec. 1991 Released

1991年の年末にリリースされ、翌年にはアルバム・チャートにて17位を記録。RIAAの正式記録でゴールド(50万枚)のセールスとなり、サウンドトラックをコンピレーション形にしたアルバムで初めて成功を収めた。それまでの映画のサントラと言えば、映画のシーンごとに使用される曲を寄せ集めただけの作品が多く、ヒップホップ・アーティストが商業的な意味で音楽を売り出す目的とは違っていたように思う。これを機に数年の間にブラックムービーとそのサントラが立て続けに世に送られたが、個人的には本オリジナル盤を越える内容は出ていない。

トラックリストにはNaughty by Nature の”Uptown Anthem”に始まり、Eric B. & Rakim の”Juice (Know the Ledge)”、Aaron Hall の”Don’t Be Afraid”など当時のヒット曲を含め、このアルバムで正式なリリースとなったTeddy Riley & Tammy Lucas”のIs It Good to You”などもある。余談だが、このTammy Lucasさんと言う女性ボーカリストはテディの秘蔵っ子としてデビューも予定されていたが、決して作品が世に出回ることはなかった。素晴らしく透き通った声の持ち主で、個人的に大好きだったのだが・・・・
その他の収録曲はMC Poohの”Sex, Money & Murder”、Big Daddy Kane の”Nuff Respect”、EPMD の”It’s Going Down”、Too Short の”So You Want to Be a Gangster”、Cypress Hill “Shoot ‘Em Up”やSalt-n-Pepa の”He’s Gamin’ on Ya’”など、どれも当時を代表するヒップホップ・アーティスト達。
そして極めつけは、この映画の内容とキャスト達。特に主演を務めたTupac ShakurとOmar Eppsが当時のゲットーキッズに与えた衝撃は計り知れない。実際に2Pacはこれを機に飛躍的に活動の場を広げ、アルバムの売行きも倍増した。役柄があまりにもリアルでその後の2Pacのイメージが決定付くほどだった。

当時ハーレムに住んでいた私は、この映画のストーリがとても遠いところで起こっているようには思えないほど、身近に感じていたのを覚えている。本当に面白いので、まだ見ていない人はチェックをしてみて!

おすすめ度
☆☆☆☆

 

Bobby Brown / Bobby

May 11th, 2011

Aug. 1992 Released

 
どんなスーパースターにも絶頂期があり、そのまま絶頂期で居続けることは不可能である。山の頂上を制した後は、登った帰り道をゆっくりと、または真っ逆さまに下っていくことになる。何が言いたいかと言うと、今回紹介する80年~90年代のスーパースター、ボビー・ブラウンも当時は誰もが終わりなき永遠のスーパースターに思えた。が、しかし今となれば遥か彼方の記憶として、懐かしの1ページになってしまうということ。

彼の近年の振舞いについては残念なところだらけだが、それでも彼の残した音楽史にはくっきりとその功績が記されているのは確かなことだ。ニューエディションでは数多くの80年物語を築き上げたが、それについては今後にじっくり取り上げることする。

今回紹介するアルバムを本作「BOBBY」にするか、またはソロデビュー作の「Don’t Be Cruel」のどちらを先にするべきか、結構迷った。当時、彼に入れ込んだファンならわかるよね?でも自分にとっては、オンタイムにアメリカで聞いていた非常に思い入れの深い前者を選ばせていただいた。ボビーのビデオを見ては必死にダンスのステップを盗もうとしたのは自分だけではないハズ。最近も偶然見る機会があったのだが、やはり彼はスゴイ!当時は自分もあれくらい体が軽かったナ~なんて思いだした。

さて、この作品「BOBBY」からは“Humpin’ Around”を始め、ジョージクリントンのサンプリングを使った“Get Away”などのニュージャック、後に結婚することをまだ知らないホイットニー・ヒューストンとのデュエット曲“Something in Common”が収録。プロデューサーは当時、ニュージャック・ムーブメントを確立したのテディーライリー、そしてR&Bの象徴的ライター、ベイビーフェイスの2本立て、アルバムは最終的にUS国内でダブルプラチナム、カナダも同じくダブルプラチナムを記録した。

ちなみに自分がDJ の時は懐かしのボビータイムを設ける確率が非常に高いので、要注意です???

おすすめ度
☆☆☆☆

Aaron Hall / The Truth

May 5th, 2011

Sep. 1998 Released

テディーライリーと共にニュージャック・スイングというジャンルでひとつの時代を築いたグループ、Guy (ガイ)のリードシンガー。Charlie Wilsonが大好きな私にとって、オンタイムで肌に感じてきたアーロン・ホールはこの上ない存在だ。1万人にひとりの才能とも言われた天才的な歌いっぷりは、父親が牧師であり幼少期より教会で鍛えられた強靭な喉、そしてゴスペル精神に準ずる心の底からの叫びがベースにある。

今回紹介するのは彼がGuyでの活動を終え、1993年9月に初のソロ作としてリリースした「The Truth」というアルバム。全米アルバム・チャートでは最高47位という結果ではあったが、収録曲からは地味ながらもR&Bファンにとって涙のこぼれるような素晴らしい曲が生まれた。

まずは彼のソロ・キャリアで一番のヒットとなった曲 “I Miss You”はR&Bシングル・チャートで2位、全米シングル・チャートでは14位を記録。個人的にも一番好きな曲で、Guy時代には表現しきれなかった豪快なバラードとして歌い上げることに成功している。この曲について語らせると原稿用紙10枚分は軽く話せてしまうほど、私にとっては魅力的。恐らくもう何千回と聞きまくったが、いつ聞いても新鮮で毎回新しい発見をするほど惚れ込んでいる。

他にもイントロダクションから始まる “Don’t Be Afraid” や “When You Need Me”等のバラードも絶句。ニュージャック志向、ガイの面影が強い“Do Anything”、“Open Up”は引き続きファンを喜ばせた。

このアルバム以降もInside Of You (1998)、Adults Only(2005)と作品をリリースしたが、ファンとして飛びついて買ってはみたもの、楽曲に恵まれず残念な作品に終わってしまった。紛れもない事実といえば、この時代のナンバーワンを誇るシンガーとして、現在第一線で活躍するアーティストに多大な影響を与えたということは断言できる。

おすすめ度
☆☆☆☆☆

↑このビデオ「I Miss You」は当時注目されました。結構なドラマ仕立てで、若干臭さもあるのだが、それがまたイイんだよね。ちなみにCDのフルバージョンとは違い、音楽の方は物足りない感じです。

Joonie / Acoustic Love

April 18th, 2011

Jan. 2011 Released

以前、私のLive365 Radioに音源を送ってくれたことから「Nut4Tracks」のブログでも紹介したことがあるアーティストCalvin “Joonie” Garyのデビュー作をご紹介。

インディーズ・アーティストとして活動するJoonie(ジューニー)は81年ジャクソンビル生まれのR&Bアーティスト。10代でピアノやギターの練習に明け暮れ楽器をマスターしたらしい。これまでにElliot Yamin, Ruben Stoddard, Nappy Roots の制作やアレンジにて経験を積んだ人物。70年代のソウル・サウンドを彷彿させるメロウな曲作りが出来る貴重なアーティストだ。こんな素晴らしいアーティストを日本デビューさせるなんて、発売元エイベックスの担当者に感激のメールを送ったのだが、今のところ何も返事が無い。

ただいま(2011年4月現在)、彼のMyspaceサイトを訪ねてみるとアンジー・ストーンとのデュエット曲で「Irresisitible You」という曲が聞けるので、まずはチェックしていただきたい。

パーティーソングが主流の今のアメリカで、こういったコアな音源を売るには困難を伴うのだろうが、一部の日本人やヨーロッパのソウルフリークにはたまらない質感。ギーターや鍵盤で薄く味付けをしたシンプルなバックに、メロディー勝負で訴えかけるスタイル・・・・たまりませんな。

ただのシンガーと言うよりは、ソングライターが自分の作った曲を大切に歌っているといった印象が強い。ファルセット・ボイスで歌い上げるバラード曲は女心はもとより、男心さえも殺しかねないほど、クールに熱っぽい。

おすすめ度
☆☆☆☆